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つれづれぶろぐ

さぬちゃんの麻酔科医生活

東日本大震災復興支援と映画『救いたい』試写会

麻酔科医生活 考え方 仕事環境 知力・体力 医療系ドラマ/映画 プロ意識 マスコミ/報道 動画/デジカメ/プレゼン

今回は、日本心臓血管麻酔学会の広報委員長としてのお仕事で仙台にお邪魔しました。その際に仙台で行われた試写会と主題歌を担当する小田和正さんのコンサートについて、つれづれに記録を残したいと思います。

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このブログで、何度も取り上げております、映画『救いたい』の一般試写会が、2014年9月4日(木)MOVIX仙台で行われました。今回の試写会は一般市民の方々も公募で当選すれば参加可能な一般試写会です。映画館の入り口は、平日の午後というのに招待者とマスコミ、自衛隊の迷彩服を着た広報の方々などで賑わっておりました。管理人も、試写会の招待券をいただき、中の雰囲気を体験することができました。関係者試写会と違って、今回は映画監督の神山征二郎氏、原作者の川村隆枝先生に加えて、主演の鈴木京香さん、三浦友和さんが出演され、アナウンサーの司会でインタビューが映画の上映前に催されました。舞台挨拶というのかもしれません。舞台挨拶の様子は、決められた報道関係者のみに撮影が許されていて、残念ながら写真や動画は撮影できませんでした。が、幸いになことに以下のサイト


鈴木京香、地元&ロケ地・仙台で『救いたい』お披露目に感無量「皆さんの気持ちが一番思い出深いです」 シネマトリビューン

に詳細が出ています。

この映画の内容が、東日本大震災被災した仙台や盛岡での復興の様子やそこに住む人びとの生き方を描いているだけに仙台の方々はより力が入ると思うのです。東日本大震災の復興を題材にした映画に、原作者の麻酔科医である川村隆枝先生の麻酔科医の仕事を一般市民にも知って欲しいという想いがうまく盛り込まれた感動作です。舞台挨拶には時別ゲストとして仙台・宮城観光PRキャラクターであるむすび丸が登場しました。映画の中にむすび丸が出ていることを、アナウンサーの紹介ではじめて知りました。

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 さて、映画「救いたい」の試写会は2回目なのですが、以前にもブログに書いたのと同じ場面で泪があふれます。この映画に入り込んだら何回も泪があふれる状況は変わらないのです。しかし、今回はお仕事の関係上、自分の周りの様子観察を実践できました。両隣は、全然知らない方々でしたが、大変感動のご様子で、泪ぼろぼろ。周りにもハンカチを持っている人が多数いるのを確認できました。

 映画というのは映像だけでなくストーリーや音楽などが、微妙に絡み合って心に届きます。その映画の主題歌「その日が来るまで」は小田和正さんが担当しています。映画の中で、この曲がかかるとジーンときます。

午後から 突然 風が変わった
子どもたちの声が 空に響く

 

やわらかな日射しは 君をつつんで
その腕に 抱えきれない 春が今 届いた

 

君が好き 君が好き
それを伝えたかったんだ
遠くから ずっと 君を思ってた

 

いつか その日は きっと来るから
時はやさしく 流れるから

 

雪が溶けてゆくみたいに 今はそのまま
ゆっくり ゆっくり 元気になって

 

君が好き 君が好き それを伝えたかったんだ
遠くから ずっと 君を思ってた


君の好きな ふるさとの街に
また あの日々が 戻って来ますように

 

嬉しいことが 楽しいことが
たくさん 待ってるといいね
ボクには歌うことしか できないけど

 

君が好き 君が好き それを伝えたかったんだ
遠くから ずっと 君を思ってる

 

とくに、

いつか その日は きっと来るから
時はやさしく 流れるから

雪が溶けてゆくみたいに 今はそのまま
ゆっくり ゆっくり 元気になって

君が好き 君が好き それを伝えたかったんだ
遠くから ずっと 君を思ってた
君の好きな ふるさとの街に
また あの日々が 戻って来ますように

のところでは、聴くだけで、とてもやさしい気持ちになります。特に、少し前に見た劇中の映像がフラッシュバックして映る様なきがします。

 

映画「救いたい」一般試写会と同じ日に、仙台では小田和正さんのコンサートが行われました。利府町セキスイハイムスーパーアリーナです。小田さんが東北大学の出身だと言うことをこのコンサート中に知りました。コンサート中に、「ぼくを育ててくれた街」という言葉を何度も使っていたのが印象的でした。

 映画「救いたい」の主題歌である「その日が来るまで」という歌は2012年に新曲として発表されています。このことからも、東日本大震災を応援する主題歌としてぴたっとくるのは当然だと感じました。映画の制作は、「その日が来るまで」より後からなされたのですが、小田さんがこの曲を映画のために提供してくださったことは、感激でした。これも、東日本大震災復興支援に寄与したいという想いからでしょう。

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 関係者受付でチケットをもらった後、会場に入りました。管理人は小田さんのコンサートは初めてです。センタ-ステージがあり、そこを中心にアリーナ-を1周できるような花道がついています。また、バックの演奏を行うステージには多方面に向いた巨大な高精細モニターがあります。それとは別に歌詞が表示される電光掲示板があり、小田さんの歌に合せて一緒に歌うために設けられているものだとと思います。実際、観客いや熱狂的なファンは乗ってくると立ち上がって一緒に大きな声で歌います。おとなしくしていたと思われる周りの方々も、なぜだか一緒にノリノリになって歌います。全席指定なのに立ち上がって常に歌っている人達が通路に出ているのですが、お顔を拝見するに、小田さんと同年代かそれより上と思われる方々です。歌舞伎の様に、歌を歌っていない時には合いの手が入ります。「●●屋」とかではなく「小田さん」です。ほぼ、3時間歌いっぱなしです。花道を歩いたり走ったり、観客と同化したりして動き回ります。楽器もギター、エレキギター、ビアノ、ウクレレと多彩に弾きながらです。恐らく30曲は歌ったと思います。この体力と気力はたいしたものです。小田さんと一体になった「つながり感」が分かる様な気がしました。

 驚かされたのは小田さんの年齢が66歳であると言うこと(ご本人が述べられていました)。プロの歌手ですからコンサートで歌えるのは当たり前と思われるかもしれません。しかし、あの体型だけでなく動きや体力、ハイトーンの声、音程の正確さ音域の広さを維持できていることは、すばらしく、それを見聞きする観客は、驚きを超えて、勇気や元気を受け取ることができます。日頃から、かなりの節制を強いているものとおみうけしました。このコンサートは、会場にいる人の気持ちを前向きにします。一緒になって歌うことで、元気になります。観客の年齢層を考えると、団塊の世代の方々周辺の方々だと思われます。小田さんを見ていると、まだまでがんばらなければならないと感じるのではないでしょうか。私は団塊の世代よりはずっと若いのですが、この年齢層の方々が勇気ややる気をもらうことによって、社会活動に多大な影響をあたえることができると感じました。小田さんの歌や人そのもの、さらにコンサートは、映画「救いたい」の中で震災で破壊された町や社会を復興する人びとの勇気ややる気を奮い立たせている役目を十二分に果たしていると確信しました。